銀花翠葉

アニメの感想ブログです(更新は終了しました)

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(二回ほど見ての所感)

前半の入れかわりのところエソラゴトで二度見るとつ××
田舎の神社暮らしも東京のおしゃれ生活もぜんぶツクリモノ
巫女の舞や組み紐のあたりも二度見るのはつらい
こしらえた伝承話も聴く気せず(婆様の説明もったいつけすぎ)
中盤以降は二回目でもそれなりにおもしろかった
奥寺先輩とデートのあたりから
瀧&三葉たがいへの恋心自覚して
ふたりとも相手に会いに行きたいとねがう
そこからの長いスレチガイとその果ての再会
(と要約しちゃえばじつにシンプル)
大きなクレーターのような所でめぐりあうカタワレどき
つかのまの逢瀬・離断・忘却
あのシーンはよくかんがえたねとおもう
時間が紐のようにねじれて絡まりつながる
というかんがえもよかったとおもう
ツクリモノでない何かを感じさせる
あたためつづけた何かなのだろうし
あそこだけは


個人的な不審点をいうと
なぜにそんなに東京を美化したいのだろうとか
大災害もたらした彗星がどうして「美しい光景」なんだろうとか(何度も強調する)
挿入歌ながして感動あおってカタストロフとか
美的距離のとりかたに謎な部分がある
いったいこの映画なにに「感動」させたいのだろう
なにが「美しい」のだろう




(以下は瑣末なはなし)

瀧の旅行に司と奥寺先輩がついていく
なんでついていくのかわからない
都合よすぎる理解者の二人
瀧のひとりシリアスにつきあってあげる
というか三人であの地方まわってたのに
糸守町のこと一度も話題に出なかったのかなとか
あとこの旅行の経過をカミシバイ式に(止め絵を数枚流すかたちで)
見せているところそういう省略法の使いかたが何か引っかかる
入れかわり生活の後半部分?も同じで
『俺たち/私たち、入れかわってるーー!?』のシャウトから
挿入歌ながしてPV映像ふうにすっとばして見せる
「それからいろんなことがありました」的に
そこを流しちゃうんだぁ…という感じにこちらはなる
何かそれが気になる




(以下は抽象的なはなし)

この映画はやっぱり浪漫的で叙情的なポエム(笑)
だとおもう
理由のわからない喪失感のようなもの
知らないはずの場所へのノスタルジア 等々
そういうのはポエムの主題にはなるけど
物語やストーリーにはなりにくい気がする

なぜそれを言うかというと
パンフの監督コメントで監督が言っていること
つまり自分の作品に物語性が欠けているのを前から自覚していて
ストーリー作りやシナリオ作法の勉強を基礎からやりなおした
前々作あたりから意識してそれをやってきた
万人向きの楽しいエンタメを作りたかった
とそういう努力の結果が今回「君の名は」の大ヒットなのだろうから
それは慶賀すべきこと、なのだろうけど
なのだろうけど「君の名は」はやっぱり物語じゃなくてポエムだとおもう
入れかわりコメディは映画全体からみて明らかに浮いている

私的な印象ではこの映画は
省略、飛躍、リフレイン等のしかけに凝り過ぎてて
落ちついた語り口、悠然と物語を運んでいく語りのテンポ
みたいなものを感じない
ものがたる語り手の声ではなくポエムをつぶやく声がベースになってる
『……ずっとなにかを、誰かを、探している…』
それから
そうとう複雑にこねくりまわしたプロット
なのにもかかわらず話の不整合があちこち指摘されていて
穴だらけといえば穴だらけ?なのも不思議なこと
気にはならないけれど

結論として
「物語らしい物語を紡ぐこと」が監督の今回やりたかったことなのだとしたら
「君の名は」はそれに半分くらいしか成功してないと厳しくいえばいえる
とても中途半端な作品だとおもう
それが現金的に大成功しちゃったのはむしろ気の毒でもある
次回作が鼎の軽重になってしまう
物語作家になれるかどうかも次の作品次第、という感じ
面白くよくできていた映画ではある
けれどもこの作品をあれこれいろいろ語ったところであんまりどうしようもないという気も
する


映画館で見ている最中に
はやく帰ってラブライブサンシャインを見たい…とかおもってた記憶がある…





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