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銀花翠葉

アニメの感想ブログです(更新は終了しました)

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2015年の8月か9月


「バケモノの子」を二度目に見に行ったとき
平日の午前の回にたまたま入ったところ
まわりがこども連れのファミリー客ばかりで
幼稚園児~小学校低学年くらいのうるさいちびっこどもに
前後左右を包囲されながら映画を鑑賞するはめに…
こどもの反応がダイレクトに肌に伝わってくる状態で
二時間のあいだ見つづけたわけだけど…


こどもたちがよろこんで楽しそうに見ていたのは
やっぱり九太が熊徹と修業しながら強くなっていく前半の展開
とくに熊徹の動きをそっくりコピーして全く同じ動作をすることで技を盗む
ああいう「動きの模倣」は映画で大昔からやってる古典的なギャグだとおもうけど
(直接の元ネタはジャッキー・チェンらしい)
こどもらはみんなあそこで大爆笑して場内がすごく盛り上がっていた

その後の
九太が17歳になって人間界に戻ってヒロインと出会って勉強をはじめる
熊徹や実父といさかいがあって心の闇が発動する
そのへんになってくるとこどもらの反応が一切無くなって
ウンともスンとも言わなくなった
当然といえば当然
後半は別の映画みたいになるしこっちが見ててもあまり面白くはない
熊徹と猪王山の対決バトルでまたちょっと盛り返すけど
直後にショッキングな展開が来る
(ちいさい子が「クマテツ、しんじゃったの?」と訊いてる声が聞こえた)

一郎彦が暴走しだしてクジラが出てきて渋谷が大惨事になる
あのクライマックスというかカタストロフのシークエンスは
こちらとしても見ていてこわくなるというか
むしろ毒々しいいやなものを見せられる感じがする(私的な感想です)
ちいさい子らがあれを見て平気だったかおびえなかったかと気になったけど
それはどうだったかわからない
話は理解できない(だろう)なりに案外楽しんだかもわからない
ただ多くのこどもはとっくに飽きて帰りたがってる様子だった
「もうおわる?」「まだかえらないの?」的な声を二、三回は聞いた(と記憶する)
そもそも二時間は長過ぎてつらかったろうしね


以上が「バケモノの子」を見たこどもたちの反応です…
と言いたいわけではもちろんなく
彼らの気持ちをこっちが勝手に想像してそう思ったというだけ
だいたい「バケモノの子」ってこどもが見てたのしい映画だろうか?
後半はさすがに無理じゃないか?
みたいな先入観が最初からこちらにあったのも確か


ホソダ監督は劇場パンフ冒頭で
「あらゆる世代が楽しめる(略)映画を目指します」
と宣言している
そこの文章をちゃんと引用すると以下の通り

子どもたちには、バケモノとの修行と冒険が、
心躍るおとぎ話になるように。
若者たちには、「自分は何者であるか」という
彼らの時期の切実な問題に、
寄り添い励ましてあげられるように。
そして大人たちにとっては、少年とバケモノの
唯一無二の絆を通じ、
大きな充実感と幸福感が得られるように。
エンターテインメントの作法に則り、
あらゆる世代が楽しめる
清々しい映画を目指します。


もちろん、「あらゆる世代が楽しめる映画」という
そのココロザシや善し
ただ結果としては「一兎も得ず」に終わってしまったのでは
という気がしないでもない

勝手におもうにホソダマモルというひとは
「あらゆる世代が楽しめる清々しい映画」を作るのにはまったく向いてない
アート的にとんがった前衛映画でも撮るほうがずっとこのひとの本分なのでは
みたいなことを個人的におもう


なぜこんなことを今さら言うか? 
意味もないのに?
こどもをダシにして映画をケナすような嫌味な文章でもうしわけない


(つづく予定)





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