銀花翠葉

アニメの感想ブログです(更新は終了しました)

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(つづき)

今さら感想書いてもしょうがないずら
前作「おおかみこども」のほうが好きだったけど
とくべつ「期待外れ」とおもったでもない
世評では賛否両論あったようで(2015年当時)
短所も長所もだいたい言い尽くされてる感じ
以下は見たときのメモから


さいしょ九太が夜の渋谷でサバイバルしてるところ
すべり出しがよくないように感じる(入り込みづらい)
回想に出てくる親戚の大人たちがひどすぎて話にならない


異界へ行く方法として「定められた順路を通らなければ」たどりつけない
というパズルめいた仕掛けはあの監督らしくておもしろいのでは
渋天街に足を踏み入れるあたりはめくるめく昂奮、だけど…


前記事にも書いた通り
前半の修業して成長するところまでは一応よし
後半の17歳になって人間界へ戻ってヒロインに会って勉強しだす
そのへんから個人的には話に興味がもてない


熊徹と喧嘩別れして実父といっしょに暮らそうとする
ところが父親の言葉に急にキレて「お前が俺の何を知ってンだよ」みたく吼える
そこでなんで彼がキレたのか結局わからなかった(二回見てもおんなじ)


これも前記事で言った通り
ラストのカタストロフのシークエンス(一郎彦が暴走してクジラが出現)
あそこはたしかに名カット続出の名シーンではある
けれども見ていて気もち悪くなるほど妙に暴力的でこわい


一郎彦の話
これはすごく残酷
少年時代は誰よりも輝いていたのに
先天的な理由で「成長できない」「おとなになれない」という
彼の「心の闇」に対応するようなメンタリティーが何か監督の中にはあるのだろうか
ホソダ映画には時々こういう暗さがひょいと顔を覗かせるようなところがある
ラストで一郎彦は救われたのだろうか(とてもそうは見えなかった)


ナントカの品格じゃあるまいし
「強さ品格ともに一流」って何の冗談
男の子っぽい「強者になりたい願望」があまりにもストレート
強くなりたい、優れた者になりたい、それは別にいいけど
そしたら弱いもの無能なものはどうなる
正しさに拒絶されたものはどうなる
そういうひとは見捨てていいのか


「はんぱもの」なんて言葉をじつに無神経に使ってた記憶が
(あやふやな記憶)


すべての登場人物が「型にはまっている」
わざとなのかと思うくらい


「ことばで何でも説明しすぎ」とよく批判される脚本
多々良と百秋坊のコンビが熊徹や九太のことを見守りつつ
「あいつは……だから……なんだ」
と横からいちいち解説を入れて弁護してしまうなどそれが顕著
(よろずに弁解じみる)


この監督の映画には理系の秀才くん的なメンタリティーを多分に感じる
一種の人生オンチ、現実コンプレックスのようなものをかかえている
だからぎゃくに家族だの親子だの子育てだの地域社会だの 
いかにも「現実の人生」らしきものを映画で描きたくなる?


このひとの映画には観念や抽象化の暴力のようなものをいつも感じる
「さでぃすむ」?
「さでぃすてぃっく」な責め立てという感じ?


何かの歯止めがきかなくなる
制御できなくなる
すると何かがとめどなく膨張していく
増大していく
巨大化していく
エスカレートしていく
どこまでいってもとまらない
「これでもかこれでもか」
ねずみ算的な数の暴力
圧倒的な量の恐怖
速度のこわさ
異常発達のおぞましさ
サマーウォーズのバトルがいちばん典型的だけど
急坂で自転車が止まらなくなって踏切にダイブというあれ(時かけ)
あれだってとても残酷な想像だし
演出もひたすらにサディスティック


昔のデジモン映画など見ると
こどものアニメを作るのは上手な人なのではとおもう
「おおかみこども」はおとなの話が序盤でさっさと終わって
中盤以降はこどもの成長が主軸のストーリーになる
それがよかったのではと今にして思う



※「バケモノの子」は2015年の夏以来見ていないので
以上はかなりあやふやな記憶にもとづいて書いている
間違い等あったらご容赦を


(おわり)





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