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銀花翠葉

アニメの感想ブログです(更新は終了しました)

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「庶民」「庶民」とおっしゃいますが…
あなたは一体どちらの華族さまでいらっしゃる


(揚げ足取り大祭・続々の続)

この時点でのすずさん、つまり当時の普通の日本の生活者は「こう感じないだろうな」ということで変えたところはあります。



「すずさん、つまり当時の普通の日本の生活者」
ってさらっと言っちゃってるけど、
「…えっ? ちょ、ちょっと待ってよ」と
思わずツッコみたくなりません?


「すずさん」って
「当時の普通の日本の生活者」だったのか!
それは知らなかった!


彼女は物語のヒロインではないのですか?
「当時の普通の日本の生活者」の一サンプルなどではない
りっぱな個性をもったひとりの主人公ではないのですか?


すずさん自身はお米を炊いておかずを作って……ということをずっとやってきて、そこに彼女のアイデンティティがあった訳です。



これもほんとうなのかどうか…


仮に、現在、会社などに勤めて働いている人がいるとして、
その人がたとえば、
「あなたは大学を出て企業に就職して上司に無理を言われたりしながら時に休日返上で仕事をして……ということをずっとやってきて、そこにあなたのアイデンティティがあった訳です」
なんてことを誰かに言われたとして、
よろこんで首をタテにふる人間がどれ位いるだろう?


すずが「お米を炊いておかずを作って……ということをずっとやって」きたのは
それが当時のふつうのあたりまえで
みんながそうしているからすずもそれをやってきただけのこと
今だったら会社などに就職して働いて…と同じ感じなのでは(?)
「そこに彼女のアイデンティティがあった訳です」
みたいに言われたら「すずさん」ははたしてどう思うだろう


「アイデンティティ」と言うのなら
「絵を描くこと」だって彼女のアイデンティティに直結している
映画だってすずの絵のことをかなり大事に描いているのに
それよりも婚家での家事労働のほうがアイデンティティなわけ?
それからリンの存在を鏡にした周作との愛情関係や
生死をこえて誰かとつながっていくこと(=「記憶の器」になること)
などなどもすずの人生にとって大切な主題だけど、それはどこへ行ってしまうのか


ついでにツッコんでおけば、
「すずさん、つまり当時の普通の日本の生活者」
なんて言いかたをするのは、
サラリーマンつかまえて「あなたは、つまり現代の普通の日本の社会人だ」
なんて言ったりするのと同じことでは?
そして、政府の行った意識調査によれば
現代の普通の日本の社会人はこうこうこんな風に考えるものらしいから
あなたもきっとそうでしょう?
みたいに決めつけるのと同じなのでは?


なので、すずさんが生活者視点でそういった意識に近いことを気づくとしたら、どういった言葉になるのか? と考えて…

やっぱりすずさんは生活人だから、あのような反応をしたほうがいいと思ったんです。



「生活者」「生活人」って
どういう意味のことばなんだろうね
一度ちゃんと考えたほうがいいことかもしれない


誰だってご飯をたべてお風呂入って寝て起きて…という「生活」をしている
その意味でなら誰もが「生活者」だし「生活人」だって言える
わざわざ「生活者」と言うのは「生活」が専門の仕事であるような人…?
いわゆるシャドウワークに専従している人という意味…?
「社会人」ではない「生活人」という捉えかた…?
それはある意味で差別的な発想を含んでいないか…?


とりあえず、
「すずさんは生活人だから」、「生活者視点で」、ものごとを考えるはず
なんていうのは一種の決めつけだよね、とおもう
なんの根拠のない先入観(…原作をふつうに読めばそんな風には思えない…


(後記)
インタビューでの発言や受け答えの類に
ムキになって喰ってかかるなんて野暮助もいいとこ
揚げ足取りはさらに品がよくない
いったい何がしたかったのか?





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