銀花翠葉

アニメの感想ブログです(更新は終了しました)

Entries



(これまた今さらな疑問)

硝子はなぜ将也たちのクラス(水門小学校6年2組)に転入してきたのだろう?
ほかの学校やクラス(たとえば特別支援学校 or 学級など)には行かないで…



この疑問について今さら考えてみたところ…
まず作者の説明では次のように言っている

(※硝子が水門小を去った理由は、)将也が100%悪いというよりは、硝子の母が学校の体質などに対して愛想を尽かしたんだと思います。硝子は親が決めたことに従うので、母親が望めばその学校にずっといたでしょうね。水門小学校に転入したのも、「聴覚障害者向けの教室がある」というだけのことだったので。
(公式ファンブック132頁)


「聴覚障害者向けの教室がある」というのは、
オリジナル版では「みどり教室」、読み切り版では「きこえの教室」
というクラスがあるように書かれている、それのことだろうか
でも、だとすると硝子がそっちに行かないで6年2組に入ってきたのはなぜなのか
(常識的に考えれば)「聴覚障害者向けの教室」にいた方が
あんなにいじめられることもなくてよかったのでは?とおもってしまうので


さいしょのオリジナル版には、
まさにその問題について硝子と担任(竹内)が面談している場面が描かれている


(竹内)
西宮は……
今のクラスが居心地悪かったりしないのか?


(硝子)
先生とか……良くしてくれるから……
クラスに居られないほどではないです……


(竹内)
西宮 もしお前が少しでも気を悪くしたことがあったら
いつでもみどり教室に移動してもいいんだぞ


別に6年2組じゃなくても
お前の安心できる場所が他にあるんだから



(硝子)
私は皆と同じ教室で
皆と同じ勉強がしたいんです


だめですか?


(途中省略…)


(竹内)
だからな 西宮
お前はこの学校じゃなくて
もっとお前のためになる聾学校とかに……
転校することも考えていいんじゃないかと思うんだ


俺はお前の担任としてそっちの方がいいと思う
でもこれは決して逃げとかじゃない


俺の言ってることわかるか?


竹内は硝子にたいして「迷惑なんだよ」と口に出して言ったりしている
(硝子には聞こえないと思って言ったけど硝子は意味を察して傷ついた)
硝子を自分のクラスから追い出して厄介払いしたいという気でいるのは明白
嫌な奴という感じではあるけど…
ただ個人的にはこの先生をそんなにひどいとも思えなかったりする
硝子の対応をしていて授業がまともにできなくなっているのは事実だし
硝子が自分のクラスにいることを理不尽に思ったりするのはおかしいことではないはず
「もっとお前のためになる聾学校とかに」行った方が…と考えるのはむしろ自然なのでは?


ただ硝子としては
一般クラスで「みんなと同じ勉強がしたい」と望んでいた
彼女がそういう風に考えるのには、特有の理由や事情がまた別にあったと考えられる
それについてはまた後ほど言いたい…


けっきょく硝子が転校してしまった後、
オリジナル版では竹内はこんなふうに説明している

(※転校したのは)皆ならわかると思うが耳が聞こえないということが理由だ
ここよりそういった専門の学校の方が自分の身に適している……そう判断したのだろう


このセリフからすると
硝子は「そういった専門の学校」に転校していった…ことになる?
はっきりわからないけど
ちなみに連載版では
映画の撮影許可の件で将也と真柴が小学校を訪ねたときに竹内が

あの一家 前の学校でも同じ失敗したらしくてさ
こりずにここへ転入したはいいけど結局うまくいかなかった
俺がそーいう学校への転入をすすめなければ
いつまで経っても気づかなかっただろうね


云々というセリフを言っている(5巻、第35話)けど
転校先にはまったく触れられていない



高校生になった硝子は聾学校に通っている(本編にはまったく出てこない)
これにも作者の説明がある

作中には出てきませんが、硝子は聾学校に通っているという設定があります。そこでは、決して嫌われていたわけではないのですが、健聴者のなかで育ち、うまくやれなかった硝子には、聴覚障害者のなかで育った子たちと本当に理解し合えたとは言い切れないところがあるんです。
(同書134頁)


ポイントはたぶん、
硝子は「健聴者のなかで」ずっと育ってきた(育てられてきた)ので、
「聴覚障害者のなかで育った子たち」とはかなり違う立場にいるということなのだろうと思う
たぶん家庭であまり聴覚障害者として扱われてこなかったし(←?)
本人もそういうふうに自分を意識していない(←?)
だから健聴者のなかに交じって暮らす方が彼女にとって自然なことだった…のだろうか?
それには、硝子の母親が硝子をどう育ててきたか、硝子と母親の関係がどうだったか、
というのが相当大きいと思うのだけど、そのことはまた次に考えたい…


ちなみに硝子の学校は「理容も学べる学校」で、
「その成果を文化祭で発表したことが評価された」(同書151頁)ことで
理容師になるために東京へ学びに行くという進路を硝子は選んだ…ようです


(続く…)





スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント:投稿可能です。

右サイドメニュー

検索フォーム

QRコード

QR