銀花翠葉

アニメの感想ブログです(更新は終了しました)

Entries



☆   ☆   ☆


プリパラの「アイドル」って

“アイドル”なんだろうか?


プリパラの世界のなかでは
みんな理想の自分に変身できて
誰でもアイドルになってライブができて楽しめる
現実のアイドルとゆうより
ゲームのなかの仮想世界とかに近いかんじなのでは…


リアルな芸能界ものやバックステージものの要素はない
マネージャーがクマとかウサギとか…めが兄ぃさん&めが姉ぇさんだったりして
そこを笑いにしちゃっている作品
グランプリなどで競いあうストーリーにはなってるけど
ハードなスポ根展開やバトル展開のようなものはない


個人的にもプリパラはアイドルものとゆうより
「歌ったり踊ったり音楽の入った変身ものアニメ」
みたいな感じで楽しんできた気がする
セーラームーンの後裔だとおもってるのもそのため
あれだけ華やかで夢いっぱいで彩り満点なアニメを
セーラームーンのほかに知らないから


「アイドルアニメ」というけど実際は
「アイドル」をカッコに入れちゃってるのに近い


「アイドルアニメ」というジャンルをひっくりかえしたに近い…?


『み~んなともだち み~んなアイドル!』


「み~んなアイドル」の重点は
「アイドル」ではなく「み~んな」のほうにある


昔からいわれている金言
「女の子はみんなお姫さま」
「女の子は誰でもプリキュアになれる」
これの変奏みたいなもの


現実のアイドルは社会的につくられる存在
アイドル論はたいてい社会学か社会評論になる
プリパラは「社会」とかとは無縁の世界
女の子がとにかく全員&無差別に肯定される場所がプリパラだから
(女の子じゃなくても女の子として肯定!)


「み~んなともだち」も考えてみたらすごい
「ともだち」がいれば「ともだちじゃないひと」もいるのが現実
プリパラはそんな現実にこだわらない
とにかく「み~んな」、「み~んな」が尊い!


プリパラの世界観を象徴するキャラクターが
ファルルやジュルル(ジュリィ)なのも当然
どちらも赤ちゃんみたいでお母さんみたいなキャラ
プリパラの守護神のようにあの世界を支えてるけど
同時にらぁらたちみんなから守られてる存在


ジュリィが女神でありながら
らぁらを「ママ」と呼んで慕うこととか
ファルルがガァルルやミニファルルたちのお姉さん(?)
をやってることとか


37話のファルルカムバックライブ
130話のジュリィがらぁらたちと「お別れ」する場面
(「一分だけ女神の仕事を忘れさせてください」のところ)
とかのすばらしさは忘れがたい


そういえばセレパラ革命でプリパラの主になろうとしたひびきが
ファルルとふわりに保護者になってもらって(?)
ようやく落ち着いたのもプリパラらしいはなし


そして139話の「愛フレンド友」も
140話を「ファルルの法則」で〆たのもお見事でした!


プリパラはおもしろおかしいだけのアニメじゃない
芯があってまっすぐ筋の通ったところのある作品…
というのを見る人みんなが感じていたとおもう


ところでプリパラはまだ終わってない
「アイドルタイム」がどういう展開をみせるのか
これから一年間見守りたい…








スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント:投稿可能です。

右サイドメニュー

検索フォーム

QRコード

QR