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銀花翠葉

アニメの感想ブログです(更新は終了しました)

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エリアルはレイリアである



あと気になったこと・・・

赤ちゃんの名前をきかれたときに、
マキアはさいしょ“レイリア“といっていて、
男の子だといわれてあわてて言い直して“エリアル”と名づけていたよね。
(※確かそうだった。記憶違いでしたらごめんなさい…。)
そうするとエリアルはレイリアのアナグラム的なもので、
マキアが手に入れた赤ちゃんは、彼女の「レイリア=エリアル」にほかならなかった。
ってこと。
そうでなくてはならなかった、というのは、なんとなくわかる気がするけど。

映画全体をどう理解するかにもそれは関わっている。
この映画って、けっきょくのところ、
「マキアとエリアルの物語」だったの?
「マキアとレイリアの物語」だったの?
どっちなのだろう? っておもったよ。

前者だったら親子愛(?)の話だし、
後者だったら女の子同士のきずなの話…というより、
切っても切れない腐れ縁のお話になるよね。
きっと多くのひとは親子ものの映画だとおもって見ている。
パンフの表紙イラストなんかは完全に後者のイメージだけど。

なんとなく、マキアとエリアルが親子をやっていく話は、
まん中へんで中途半端に消えてしまう感じをうける。
けっきょくマキアはエリアルとさよならして、
イオルフの里でレイリアといっしょに暮らしている結末なんだし(←?)

マキアはエリアルといっしょにいられることがいちばんの幸せだったろうけど、
それとは別に、それと同時に、
レイリアの消息をずっと気にかけている部分があって、
それが動機になって自分から行動をおこす。
さいしょにメザーテに行ったときもそうだったし、二度目のときもそう。
どちらのときもクリムに動かされたのではなく自分からレイリアに会いに行ってる。
クリムはじつはいなくてもいい。

マキアにとって、レイリアとエリアルは、
けっきょくどちらのほうが大事だったのか。
でもそういう問いかけは無意味でしょう。
「エリアル=レイリア」なんだから。

マキアとエリアル、マキアとレイリア、
たぶんその二つの物語をくっつけていっしょにやろうという考えで、
そのために「エリアル=レイリア」なんだとおもうけど、
でもそれってどういう意味なんだろう?
よくわからないよね。
でもそういう映画なんだとおもいます。


あとそれから、
マキアはけっきょく「お母さん」になれたのでしょうか?
なれなかったのでしょうか?
「エリアルのお母さんにはなれなかったね…」とマキアはいってる。
でもエリアルは「行かないでくれ、母さん!」と叫んでいる。
(この二人の関係は必ずしも「親子」でなくてもいい、
ようにも描かれている…?)
ぎゃくにレイリアは自分のお腹を痛めたけど、
産んだ娘を育てられなかったし、親子にもなれなかった。
で、けっきょく彼女はメドメルちゃんのことを忘れちゃったの?
それとも忘れてないの?
どっちなのだろう? りょうほうなのかな?

そんなわけでこれは、ふつうの「母もの」「親子もの」ではあきらかにない。
だってマキアとレイリアは、とちゅうで「お母さん」をいちぬけして自由になって、
ずーっと「きれい」なままで神話の郷に暮らしてるわけだし。
永遠の少女として?
ヒビオル=神話を織りつづける者として?
なんというかこの場合、「お母さん」をぬけられることが物語の要点になってる気もする。


気になったことってそんな感じ…。





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