銀花翠葉

アニメの感想ブログです(更新は終了しました)

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異国迷路のパサージュ

十九世紀パリに興味があるので、『異国迷路のクロワーゼ』(武田日向)の歴史的背景のようなことを少し調べて楽しんでいますが、いくつかどうでもいいことを書いてみようと思います。


作品の主な舞台になる「ギャルリ・ド・ロア」について。
これは原作でも「アーケード商店街」という言い方で説明されています。
が、よく考えたらこれは「パサージュ」なわけです。ヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』が有名にした、パリのパサージュです。

パサージュというのはもともと大きな通りから通りへの(一般歩行者用の)「抜け道」のことで、上がガラス等の屋根で蓋われた商業空間になっている。
十九世紀の前半にはこうした「パサージュ」がパリ中に多く建造されて、遊歩地やショッピングセンターとして非常に賑わいました。
というのもオスマン改造以前の古いパリは道路が極度に入り組んでいて、交通の事情も最悪だったため、パサージュのような屋根つきの歩廊に自然と人が集って商業地を形成したということのようです。
ところが世紀後半にパリは大きく変貌するし、「グラン・マガザン」(百貨店、デパート)という新たな巨大商業施設が登場したこともあって、パサージュからはあっという間に人足が遠のき、閑古鳥が鳴くありさまになってしまう。
『異国迷路』はそういう時代の局面を背景にした物語なわけですが、作者がなぜそこに興味をもって題材にしたのかを知りたい。面白い着眼だと思うので。

「ギャルリ・ド・ロア」はマンガでもアニメでもなかなか小洒落た感じに描かれていますが、実際には当時はかなり陰気にさびれた場所だったと思われます。
とはいえ、賑やかだった頃のギャルリに湯音がやって来たら、それはそれで大変なことになりそうです(繁昌したパサージュは今でいう渋谷、歌舞伎町的な繁華街だったようなので)。

パリには現在、約二十ほどのパサージュが、往時の姿をあるていど残しながら現存している(改装・改築された所もある)。上記『パサージュ論』の影響や、レトロ・ブームによる古いものの見直しもあって、パリの観光スポットにもなっているようで、人気の場所としては「ギャルリ・ヴィヴィエンヌ」、「パサージュ・デ・パノラマ」、「パサージュ・ジュフロワ」、「パサージュ・ヴェルドー」等々が有名。何かの写真で御覧下さい。

ちなみに私の知人(といってもかなり年輩の方)に、パサージュを見るため(だけ)にパリへ行ってきたよという人がいたりします。

ところで(ここからが本題)、現存するパサージュのうち「ギャルリ・ド・ロア」の絵的なモデルになっているのはどれか、ということですが…、
本当の所は現地に行って見てみなければわかりませんが、本に載っている写真から多少の想像は可能です。
床の市松模様やシックでエレガントな雰囲気は、「ギャルリ・ヴェロ=ドダ」に一番よく似ている。
ここのパサージュは十九世紀当時の状態がそのまま奇跡的に保存されている場所で、建物も装飾も当時のまま、ほとんど手つかずだということです。
しかし、屋根や天井の形は「ギャルリ・ド・ロア」とは違います。
屋根に関しては「パサージュ・デ・プランス」のガラス屋根が、マンガで描かれているものとほぼ同じ形状に見えるので(多少は異なる)、おそらく「プランス」をモデルに描いていると思われます。
ということで「ギャルリ・ド・ロア」内部の景観は、「ヴェロ=ドダ」と「プランス」の二つのパサージュを足して合わせたようなイメージになっているようです。

「ヴェロ=ドダ」は1826年の開通。「プランス」は1860年の開通で、これは十九世紀に建設された最後のパサージュとのこと。だから「プランス」の方がデザインや建築様式が少し新しく、新型のガラス屋根になっています。
マンガの「ギャルリ・ド・ロア」は50年の歴史があると書かれていますが、私見では、物語の年代設定は1880年頃だと思うので、するとギャルリが出来たのは1830年前後になります(少なくとも十九世紀前半ではある)。でも、その時代には「プランス」型の屋根はまだ技術的に作れなかったのでは?ということがあるのですが、まあどうでもいい話です…。

「ギャルリ・ド・ロア」はあくまで架空の場所であって、実在のパサージュのどれかに該当するという風に考えない方がいいでしょう。「ヴェロ=ドダ」も「プランス」も、絵を描く際のモデルや参考にしたかもしれない、というだけです。
そもそも「ギャルリ・ド・ロア」がパリのどの地区にあるのかも自分にはわからない(わかる人にはわかるのかな? ただし原作の話)。
また、写真と比べながら見てみると、原作マンガはギャルリの内部をそれほど克明に描いているわけではないこともわかります。

アニメ版の背景美術はパリの景観をすごく緻密に描いている印象がありましたが、テレビ放映時にはそれほど注意して細かく見ていませんでした。もう一回見てみるかなあ、というところ。
当然、現地ロケや年代考証などして事細かに美術設定を作ったのだろうから、どこをロケしたのかとか、そういう情報があれば知りたいですね。

この作品、「時代考証」的なことを調べていくと、多少引っかかる部分はいろいろと出てきます(細かくは言いません)。ファンタジーとして楽しむべき作品なのでしょう。
とはいっても、パサージュの衰運と隆昌するグラン・マガザンの対比とか、なかなか面白い文化史的局面を題材に選んでいるともいえると思うのです。

(またつづきを書くかもしれません。)


(参考図書)
・鹿島茂・鹿島直『パリのパサージュ 過ぎ去った夢の痕跡』(コロナ・ブックス)平凡社、2008年
・荻野アンナ『パリ 華のパサージュ物語』(世界・わが心の旅)NHK出版、1996年
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